公園にいる

今私は公園のベンチに座っている。時間帯は夜なのだろうか、暗い。だが真っ暗ではなく、うっすら明るさがある。早朝なのだろうか?夕暮れなのだろうか?わからない今何時頃なのかわからない。自分がなんで今公園にいるのかわからない。いつからいるのかわからない。

 

公園には自分以外誰もいない。人の声も聞こえない。動物の姿もない。何もない。静かだ。

 

とりあえず、この場から離れよう・・・・・・あれ、なんか動けないぞ。立ち上がれない。おかしいな、どうしよう。あれ、なんか声も出せない。

 

私は、口を大きく開けたまま、心の中で、あああああああああああと言い続けたが、声が出ることはなかった。

 

おかしい、やばい、どうしよう、困った。いったいこれは、なんだ・・・なんだ・・・

 

そうか!私は死んでるんだ!死ねたんだ!良かった。良かった。良かった。良かった。

 

私は死んだ。死んだことはわかったから、目を瞑ろう。動けないが、目を瞑ってじっとしていよう。

 

 

私は目覚めた。ここは・・・私の部屋だ。やっぱり、夢だったか。暗闇の公園にいる夢だった。夢の中で金縛りにもかかっていた。あんな気味の悪いところにいて、死ねて良かったと思える夢の中の自分は変な奴だなと思った。

 

そうか、私は生きていたのか。そう簡単に死ねたら苦労はないな。仕方がない、昨日見つけたアルバイトに応募の電話でもするか。

 

プルルルルルル「はい、たぬきパンです」応募しようとしているパン工場の人が電話に出た。

 

「あのー、バイトワークを見てお電話しました。まだ募集はしていますでしょうか」

 

「公園に行ってください」

 

「はい?」

 

「あの公園に行ってください」

 

頭が混乱した。なんだこれは、まだここは夢の中か?私はまだ夢から目覚めてないのか?明らかに電話の相手の言っていることは変だぞ。夢じゃなきゃ説明がつかない。

 

「あの公園とは、暗闇の中で私がベンチに座っていた公園のことでしょうか?」

 

「・・・・・・そうです、行ってください、その公園に」

 

「あのー、バイトの面接を受けたいんですけど?」もちろんもう面接なんか受けるつもりはないが、どんな反応するか気になって聞いてみた。

 

「公園に早く行ってください」

 

なんだよ、最初たぬきパンですって、言ったのは何だったんだよ。私はこれ以上話す気がなくなり電話を切った。

 

私はしばらく考え込んでいた。今日はもう違う仕事を探す気にもなれない。今日はこれからどうしようか。やはりあの公園のことが気になっていた。あの公園、知っている公園に似ていた。私が子供の頃によく遊んだ公園だ。小学校に行くときの通学路にあった。今は全然あの辺は通らないので、二十年以上あそこには行っていないが、あの公園にかなり似ていた気がする。

 

気になる・・・やはり行ってみるか。

 

外を出てみると、車の音や、鳥の鳴き声はかすかに聞こえるが、なにかどことなく、異様な雰囲気を感じる。やはりここはまだ夢の中の世界なのだろうか。とにかく向かおう。

 

公園まではアパートから徒歩で15分くらいの距離なので、私は徒歩で向かった。

 

当然ながら町には人の姿もある。やっぱり私の思い凄しか、私がいるのは夢ではなく、現実の世界で間違いないのか、などとそのようなことを考えてながら、町を見渡し歩いていてると、思ったよりも早く到着できたようだ。例のあの公園に。

 

うーん確かに夢で見た公園はここにかなり似ている。私は夢の中で自分が座っていたベンチに誰かが寝ていることにすぐに気づいた。ホームレスが寝ていた。

 

私はホームレスに近づき、顔を見ようとした。なぜそのような行動をとったのか自分でもよくわからなかった。

 

顔を見ると日焼けなのか汚れているのかよくわかない顔色だった。髭も伸びっぱなしだった。顔をよく見ているとあることに気づいた。「これは私か?」

 

 

「うーん、あれ?今何時だ?」

 

「やっと起きたか?寝すぎだよゲンさん。もう11時半だよ」

 

私はあの公園のベンチに寝ていた。だがさっき(?)とは様子が違っていた。公園には数人のホームレスがいて、生活するためのテントや調理道具などが置かれていた。自分の服装もホームレスのようにボロボロで汚れたものを着ていた。

 

そうか、私はホームレスだったのか。さっき見たのは、ホームレスになった自分自身の姿だったんだ。

 

「おいみんな、聞いてくれよ」ホームレスの一人が外出から帰ってきたようだ。

 

「どうしたんだ?ヒロ坊」

 

「ヤスキチさん、死んでたよ!アパートでよ、一人で死んでるのを発見されたみたいなんだよ!」

 

「ええ!ほんとか!先月から姿を見せねえと思ったら、ヤスキチさん、アパート借りれたんだな」

 

「ああ、貸してくれる人がいたらしい。だけどヤスキチさん、孤独死だったらしい。身寄りもなくて、引き取ってくれる人も誰もいなくて、葬式は静かに行われたらしい」

 

ヤスキチさんか、どこかで聞いたことのあるような名前だな。「なあ、ヤスキチさんて、誰だっけ?」

 

「ゲンさん、ヤスキチさんを忘れたのかよ。あんたらよく話してたじゃねえか。パン工場の社長だったヤスキチさんだよ」

 

「そのパン工場って、たぬきパンってとこか?」

 

「ああ、そうそう、たぬきパンだったよ」

 

あの電話の相手はヤスキチだったのだろうか?もう一つ気になることがあり、それを仲間のホームレスに訊ねることにした。

 

「何で俺、ゲンさんって呼ばれてるんだ?」

 

「え?それはゲンさんが自分でゲンだって名乗ったからだろ?」

 

「俺、ゲンって名前だっけ?覚えてないんだが」

 

「いや、俺が知るわけねえだろwそもそも、俺たちホームレスは、必ずしもみんなが本名を名乗るわけじゃねえしな。もしかしたら本名じゃねえやつが多いかもしれねえ。だから俺はあんたの本名までは知らねえ」

 

「そうか。ちなみにあんた名前は?」

 

「ひでぇな。俺の名前も忘れちまったのか。それとも俺の本名を知りたいのか?それにしてもゲンさん、最近物忘れがひでぇんじゃねえか?俺の名前、忘れたんなら教えてやるよ、俺の名前はな・・・・・・」

 

 

私は、買い出しに行ってくると言って、公園を離れた。もうあそこには戻ることはないだろう。今私は行く当てもなく歩いている。

 

私はだんだん思い出してきた。自分が何者なのか。私は、

 

私は、たぬきパンの元社長、ヤスキチだった。私がヤスキチだったんだ。私のせいで工場は潰れた。私は工場が潰れたあと、離婚し一人になり、いくつか職に就いたが上手くいかず、ホームレスになってしまっていた。運よくアパートを借りれ、生活保護を貰えたと思った矢先、持病が悪化し、私は誰にも看取られることもなく、一人でこの世を去った。

 

私はもう死んでいたんだな。私はさっきから、だんだんと自分の体が透明になっていることに気づいていた。自分の体が薄くなって消えそうなのはわかっていても、私は歩みを止めなかった。

 

私の体はほとんど見えなくなっていた。もうそろそろ完全に消えてなくなる。さすが次に目覚めた時はあの世だろうな。そうであってほしい。