おわかりいただけただろうかVSコンビニアルバイト

これは、元コンビニエンスストアアルバイトのAさんが、実際に体験した(かもしれない)出来事である。

 

コンビニエンスストアにニット帽をかぶり、サングラスとマスクをした全身黒ずくめの男が入ってきた。黒ずくめの男は、店内をウロチョロし、商品を手にとっては戻すという行為を繰り返していた。

 

しばらくすると店内の客は黒ずくめの男だけになった。男はチャーハンおにぎりを一つ手に取るとレジに向かった。レジには中年のアルバイト店員が一人いた。そう、この店員がAさんである。

 

Aさんはチャーハンおにぎりを黒ずくめの男から受け取ると、チャーハンおにぎりをバーコードリーダーでピッと読み取った。Aさんが、「120円になりますね」と言って顔を上げたときに目に飛び込んだのは、ナイフを片手に持った黒ずくめの男だった。

「え?・・・」Aさんはあまりの出来事に開いた口が塞がらなかった。

黒ずくめの男が口を開いた。「おわかりいただけただろうか」

「おわかり・・・えー今なんておっしゃいました?」とAさんは聞き返した。

黒ずくめの男はまた「おわかりいただけただろうか」と言った。

Aさんはため息をフッーと吐いてから、「えー、金を出せってことですね。それはできません。貴重な売上金ですから。おにぎり一つの代金も払えないなら、おにぎりを置いて黙って出ていってください。今出ていけば、通報はしません」

黒ずくめの男はサングラスとマスクで表情こそわからないが、体を小刻みに揺らしだし、イライラしているのが伝わってきた。そしてまたあの言葉を発した。

「おわかりいただけただろうか!!!」

と今度は強い口調で言った。

Aさんは動じることはなく、「あんたさ、それしか言えないの?あーもしかして、方言でばれるのを防ぐためにそれしか言わないことにしてるとか?それとも外国の人?」と言った。

「こ・・ここにあるお金を全部出して・・・・・・おわかりいただけただろうか」と震え声で黒ずくめの男は言った。

「おわかりいただけただろうか以外もしゃべれるじゃん。あなたのことは今からおわかりさんと呼ぶことにします。いいですね?おわかりさん、あなたもしかしておわかりいただけただろうかのナレーターの人?結構いい声してるからさ。おわかりいただけただろうかのナレーターの仕事だけじゃ食べていくのは大変なんだね。だからって、こんなことしちゃ駄目でしょ。さ、ナイフをこっちに渡しなさい」と言ってAさんは右の手のひらを見せた。

おわかりさんは無言でゆっくりと、ナイフを持った右手をAさんの右手に渡そうとする動きをした。そのときだった。

 

コンビニの自動ドアが開き、客の女子高生が一人入って来た。気づいたおわかりさんは女子高生の方に向きを変え、ナイフをちらつかせながら「殺されなかったらおとなしくしろ!」と言って人質にとろうとした。

これにはさすがのAさんも堪忍袋の緒が切れた。Aさんはカウンターの上に上がると、「アルバイトを舐めるなよー!!!」と言っておわかりさんにとびかかった。Aさんはおわかりさんに覆いかぶさると、おわかりさんは姿勢を崩しその場に倒れた。倒れた弾みでナイフが手から離れた。

「うぐっ・・くっそ・・・」おわかりさんはAさんから離れようとするが、羽交い絞めにされて身動きが取れなかった。Aさんの力が強すぎた。

Aさんは呆然と立ち尽くしている女子高生に「警察!警察に電話して早く!」と言った。女子高生は頷いて店内を出た。

Aさんはおわかりさんに羽交い絞めしている状態で「あんた人におわかりいただけただろうかって言う前に、自分の罪の重さ、わかってんのかよ!!!」と怒鳴った。

「う・・うう・・ぐわあああああああーん」おわかりさんは変な叫び声をあげて泣き崩れた。

 

ウーウウー

パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

警察署では取り調べが行なわれていた。取り調べを担当しているのは剃りこみが剥げていている五十代くらいの刑事だった。

「なんで強盗なんかしようと思った?」刑事はギロッと睨むような眼で男に尋ねた。

「おわかりいただけただろうか」とどこにでもいそうながりがりに痩せて無精ひげを生やした三十代の男は言った。

「はぁ?わからねえから聞いたんだよ。金に困ってたんだろ?おまえ仕事は?」と刑事は言った。

グー

男の腹が鳴った。

「腹減ってるのか?」と刑事は男に聞いた。

男はニヤァと笑いながら「おわかりいただけただろうか」と言った。

「ちゃんと質問に答えろ。答えたらかつ丼を食わしてやる。犯行動機はなんだ?」と刑事は言った。

プルルルルルル

刑事の携帯電話の着信が鳴った。刑事は電話をポケットから取り出し電話に出た。

「知らねえ番号だな」と刑事は言い、電話に出た。「はい」

電話をかけてきた人物は「おわかりいただけただろうか」と言って電話を切った。

「え?」刑事は尋問している男の顔を見た。男はまだニヤニヤ笑っていた。

「おわか・・・」

ダーーーーーーーン

取調室から銃声が鳴り響いた。